太兵衛のアンニュイな生活
とかくこの世は『太兵衛に武兵衛(多勢に無勢)』、「越後屋、お主も悪(わる)よのぅ」なんて出来事ばかりで、嗚呼..アンニュイな日々を送りたい。

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外交的配慮はなぜ必要か

成熟した大人の関係? ~個人的関係に置き換えられるの?

近「成熟した大人の関係」という言葉を耳にすることがある。だいたいこういう言葉が使われる場合は現在の日本の外交をNoと言えない未成熟だと不満に思っている節があって、モノ言わぬ外交で悪いことだと考えているようだ。特に海外を経験したことがある人には意思や意見を表明するとする事の重大さは当たり前のことのように認識している人が多いと思うので、『遠慮』は最も忌避すべき態度だと考える傾向が強いのではないかと思う。そこには当然『日本人』という立場が前提に加わることもあるし、海外に留学しようとしている人がいれば事前にこの意識を強く自覚させること自体は確かに大事だと思う。
 海外に留学したりした人の中には極端に頑固な右寄りになって(目覚めて)帰ってくる人をたまにみかける。私は経験的にそういう人は無自覚にどこでも日本人と同じような感覚のまま海外へ行ってしまうからだという気がしてならない。根拠はないが、その人のこと(行く前の)を思うとそんな気がする。遠慮がちの人ははじめからケンカをしに行くぐらいの覚悟でいた方がいい場合もあるかもしれない。もちろんそれはケンカでもなんでもないだろうが、向こうで生活するうちにその方が当たり前だし、だんだんと主張をするほうが互い気持ちよくに接して生活できると思うようになる。
 一方で日本に帰ってくれば、内に篭って主張せずに黙っている人が多いようにみえてイライラしてくる。政治や、特に外交などをみていてもただのヘタレじゃないのかと思えてくることもあるかもしれない。態度を示さないのでは子供扱いである。だからお互い言いたいこといえるのが大人の関係だと説く意見は分かりやすいし、国際化が叫ばれる今の日本では説得力があるようにも思える。それに対し『配慮』などするのは売国奴(大嫌いな表現だがあえて)ではないかとすら疑いたくなる人もでてくるのかもしれない。

 だが、私は逆に外交に関してはこうした見方ははっきり言って間違っていると思う。なぜなら多くの人にとって外交という関心事は、必ずしも「海外」というフィルターを通してみられるわけではないからだ。異文化交流のようには絶対にいかない(※1)。ネットで世界が狭まってきたとはいえ、ほとんどの人は海外などに長期滞在することもなく事情はよく知らないし、生活の上で相手を知る必要性もない。そして自分の国がそうであるように海外の人々も同じことだ。歴史を省みればお互い退くことなく、自国の利害を強調して交渉は決裂して終わりになる方が圧倒的に多いわけだ。
 結局は自分の言いたいことだけあげつらえて行動すればよいという態度が根本にあるから対話として成り立たなくなるわけで、場合によっては一本調子で危険極まりない惨事を招くことにもなる。
ものごとは決して自分の思うとおりには進まないのが交渉ごとの基本だが、ここではそういうことだけではなくて、分かりやすく一般世間的に置き換えても大人げないというレベルでの話だ。自分の言いたいことだけを言って帰るような人は品性が疑われる。また、よく海外だからと誤解して嫌われるような行為を平気でする(非常識)ような人がいるが、他人が心底嫌がっていることを平然とおかまいなしとするのは、日本だろうが海外だろうがそれ以前に人間性の問題であると思う。
基本的にうまくいっていない間柄であれば、なおのこと相手の立場をよく理解し行動しないと互いに火に油を注ぐことになりかねない。ケンカをして雨降って地固まるどころか、土砂崩れ・地滑りになる可能性のほうがはるかに大きい。そもそもケンカをしながらも仲良くするというのは比喩的にも個人的な関係のみだと私は思うのが、仮にそういうことがいえたとしても、少なくとも信頼関係が相互で成り立っている上でのことの話だと思う。
 こう書くと、自分だけが相手を尊重しても相手も同じような前提に立たなければ意味がないと反論する人もいる。言い返さなければかえって誤解を生むし、自分だけ一方的に損をするだろうというわけだ。しかし、そうなるとほとんど堂堂巡りになって子供のケンカで―それを止めるためにテーブルに着くのでしょう?
 もちろん外交というのはただイスに座るだけでは意味がない。説得材料をもって脅したり、なだめたり、すかしたり―外交努力というのはそのいうことなのだろう。だが、その一方で外に向かって発信するだけではなく内に向かって発信することも重要なのではないか。それを怠けてそれぞれ国の事情で旗を振って互いに勝手なことをしていたら、事態は一向に進まず好転もせずに会議は踊る―そのうち事態は悪化して終わることになるだけではなかろうか。

追加:
「成熟した大人の関係」という言葉を使ったが、韓国や中国のメディアからするとそれは「昔のことを持ち出すな」(黙れ!)という風に解釈されるようだ。本来の大人の関係とは、こちらの意味のほうがしっくりくるような気がする。「未来志向」と呼ばれる言葉と同義なわけだが、日本のメディアでは言いたいことの言える関係といい、韓国や中国のメディアは言いたいことでも持ち出すなという解釈されてしまうようだ。
幼稚な言葉遊びのようだがもう少し続けると、結局次のような意味だといえないか。つまり「昔のことを持ち出すな」というのが日本側として言いたいことなのだろうから、向こう側の解釈としては言いたいことでも言うなということになってしまう。この状況をもって『言える関係』とは呼べないだろう。互いに言いたい放題な関係を前提として考えていたが、この場合「言うな!」「イヤだ!言う」という(子供じみた)包括的な状況を「言いたいことが言える関係」に当てはめられよう。私からみた「成熟した大人の関係」とはそのようなものとしか思えない。



※1 もちろんここに書いているのは総括的なことで、けっして個人的に相互理解のため努力する精神を否定しているわけではないので誤解のないように願いたい。
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