太兵衛のアンニュイな生活
とかくこの世は『太兵衛に武兵衛(多勢に無勢)』、「越後屋、お主も悪(わる)よのぅ」なんて出来事ばかりで、嗚呼..アンニュイな日々を送りたい。

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不景気と自己責任論

気が悪くなると何が起こり始めるかというと、まっさきに弱者が打撃を受けて切り捨てられる。アメリカでも虎の子の年金運用で大打撃を受けたお年寄りらが、ここにきてどうにもならない状況に至っている。キャピタルゲインの減税(儲けている人なんているの?)をマケインが考えているのに対し、オバマは何よりもいち早くこれら年金運用をサポートする政策を僅かだがもち出してきた。こうしてみると、政治家の仕事というのは楽ではない。自分の考えやしたいことだけを主張して実行できれば良いのではなく、苦しんでいる立場に置かれている人の意見も踏まえて政策に反映していかなければ、結果的にロクな政治は行えないと思う。
ところが若い人は思い込みが激しいのでなかなかこれが難しい。オバマは若いのにマケインなどよりはるかに広い視野を持っているようにみえる。確かに彼は経験不足かもしれないが、その分、政策として救わなくてはならない人々の方にちゃんと足が向いている。まったくうらやましい限りである。日本の若手人気政治家(首長)とは正反対なところが面白い。

一方の日本でも、不景気の煽りを受けて小泉ブーム時の「自己責任」論調が再び広がりはじめる兆しが出てきはじめた。世に出たばかりなお気楽な若者世代がいつもの主張の中心だが、最近では個人主義的な観念の広がりか年齢層にはあまり関係のないような気もする。
自己責任論というのは極めて単純だし説得の必要がないので、通用するなら自らの責任(リスク)において対策を立案したりサポートを考えるよりはるかに楽である。「仕事がないからクビだ」「努力が足らないから得られない」「金がないから自分でやれ」と当たり前のように切り捨てればいいわけで、世の中そういう人が増えれば増えるほど、互いに文句の一つもでない素晴らしい社会が待っている。自分がそういう目に会えば人の痛みが分かるかというと逆で、なおさら他の奴も同じような立場に置かれるべきだと考えるのフツウだから、この考えや雰囲気というのはあっという間に広がりやすい。
不景気になれば誰でも我が身が可愛いから仕方のない面もある。だからこそ、誰の手も届きにくく苦しんでいる人に向けた政治の役割が本来は重要になってくる。そもそも政治家や行政長というのは、そのような難しい条件の上で政策を立案するのが当然だと思うのだが、日本では逆に政治家が率先して「自己責任」論を振りまいて幼稚な自己防衛にはしる(これは職務放棄と似ている)。するとどういうわけか、切り捨てられる側の国民の方もそれに乗っかって一緒になって『欲しがりません、勝つまでは』の大合唱になってしまう。助けて欲しいなどと陳情でもしようものなら、乞食だのなんだのと、ヤミ金取り立てなみに散々に叩かれる(オレはもっと酷い状況だと、さも言いたげに‥)。
自己責任と騒いでいる間に気づいてみれば、自分も含めて社会全体の生活の質は二段も三段も落ちている。それを自分のこととして努力不足だからと思い込むのは勝手だ。だが、それだから本当に弱り困って助けを求める人を平気でなじったり、蔑む資格があるのだろうか。私はこの手の「自己責任」論者は心底嫌いだ。
ところがこういう類(たぐい)の人が、『公』の精神論とか、日本人論を振りかざしては偉そうな講釈をする。目の前に置き去りにされた人は自己責任と平然と見捨てておいて、日本の未来がどうたらとか、自衛隊だの、外国の脅威がどうだとかという政治話には得意顔して夢中でしゃべくる。反吐が出る。

もし、自分の会社に育英会資金の寄付相談がきても、「おたく、進路変えたら?」などと言って追い返すだろうか?常識ズレした芸能番組は知らないが、まともな大人なら、一営利企業ですらそんな追い返し方はしないだろう。まして行政に陳情にきた高校生に、行政側が浴びせる言葉なのだろうか?幼稚にも度が過ぎる。



※ オレは税金を払っているのだから当然やろ―という面白い人もいる。別に自慢することでもないだろうに、誰だって収入や支出があれば税金を払うなどというのはそれこそ当たり前なわけで、小学生だってちゃんと消費税分を払っている。無駄や違法な支出なら別だが、補助金が打ち切られるのを反対(陳情)するのは利害者として権利に基づいて行動しているわけで、別に非難される筋合いではない。
財政難だから打ち切ればいいという人もいる。だがそれは自分の価値評価や考えな訳で、世の中色いろな考え方がある。それが理由で罵声をあびせるというのも自己中心的な発想だ。

一方で私学助成は憲法違反だという主張には無理があると私は考えている。私学助成を一切認めずに例えば私学が途中で経営破綻でもしたら、大量の学生が路頭に迷うことになり、それを救済しないで放置するのが正しいこととも思えない。また学校であっても日本の法律に従った教育カリキュラムや設置基準に従っている以上、公としての性格が強く、他の民間産業などと同列に論じられるわけがない。行政として助成や補助をすることが悪いことだとは到底思えない。
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